今回お話を伺ったのは、
株式会社ジャパン・アーツの代表取締役社長、二瓶 純一(にへい じゅんいち)さんです。
『人のいるところには夢がいる。』を企業理念に掲げる二瓶社長の、クラシックに対する情熱と、音楽業界で実現したい未来についてお聞きしました。
【現在】歴史と想いを繋ぐ事業
—ジャパン・アーツの事業内容を教えてください。
ジャパン・アーツは1976年の創業以来、約50年間にわたりクラシック音楽に特化した事業を展開してきました。海外のオペラやバレエ、オーケストラなどの芸術団体や、バイオリニスト、指揮者などのソリストの方々を日本に招き、コンサートを開催する「招聘事業」が事業のひとつの柱です。
私たちは、コンサートを成功させるだけでなく、海外のアーティストが来日して公演活動を行う際に必要な興行ビザの発行支援、滞在中のホテルや移動の手配、ファン対応など、アーティストの安全とスケジュール管理をトータルでサポートする役割を担っています。
また、弊社に所属する約80名の日本人演奏家の活動を支援するマネジメント事業も行っています。具体的には、国内の演奏会の企画から制作、各演奏家が活動する際のエージェント活動、そして優秀な人材をクラシック音楽の本場であるヨーロッパの演奏会に派遣する役割を担当しています。
アーティストの支援の他に、0歳児とその家族、未来を担う子どもたち、学生を対象とした様々な音楽プロジェクトなども実施しております。これらの活動を通じて、私たちはクラシック音楽の発展に貢献しています。
— 経営の中で意識していることは何ですか。
私が経営において重視していることは二つあります。一つ目は、“ニュートラルな思考とバランスの取れた判断力”を持つことです。音楽業界は製造業やサービス業とは異なり、マニュアル化がしにくい仕事です。我々が提供するサービス(演奏)に対するクレームは少ないですが、それ以外の場面でトラブルやアクシデントが発生することがあり、その都度、予測不可能な状況を解決することが求められます。
音楽事務所の仕事は、お客様、アーティスト、主催者、スポンサーなど、360°全方位との関係を築くことです。その中で、我々自身が先入観や固定観念を捨て、常識に基づいて行動することを心掛け、同様に社員にもそれを求めています。
二つ目の重視点は、“お客様のニーズを満たす運営側の視点と、芸術的な成果を追求するアーティスト側の視点のバランスをどのように保つか”ということです。お客様の需要を優先し、運営側が利益を追求するだけでは、大切なアーティストの気持ちが置き去りになってしまう可能性があります。お客様が喜ぶ名曲と、新たな地平を開拓したいアーティストの意志を融合したコンサートのプログラムを作り出すことは、音楽マネジメントの魅力であり、同時に難易度の高い課題でもあります。
【過去】地道な歩みの先に成功はある
— 最も影響を受けた人物とその理由を教えてください。
私が最も人格面で影響を受けたのは、16年間、マネージャーとして一緒に仕事をしていたピアニストの中村紘子(享年72歳)さんです。彼女は、演奏家として優れているのはもちろんのこと、人として器が大きくて本当に素晴らしい方でした。そして、アーティストとしての時間以外でも、社会とどう繋がりを持ち、自分の持っているスキルを世の中のためにどう活用することができるか、ということを深く考えていました。
また、人とのコミュニケーションに関しては達人レベルで、様々な人間関係を築く中で、自己実現のために進み続けていました。彼女を見ていると、コミュニケーション能力の高さとは、単に言葉を紡ぐことのうまさではない、とわかります。現代には、SNSやメール、電話など他者と繋がるツールが溢れています。最終的に「相手の心に届ける」という点において大切なことは、言葉よりも、相手に対して自分の想いを届けたいという熱意や熱量をどれだけもっているかに尽きると思います。
私にとって、そんな中村さんとの出会いは非常に価値のあるもので、私の人生にとても大きな影響を与えてくれました。今でも困ったときは、彼女の考え方を振り返り、参考にさせてもらうことが多いです。人として、アーティストとしての在り方を教えてくれるとても尊敬する存在です。
— 経営の中でどのような壁にぶつかりましたか?
経営において私が直面した壁は、収益の安定化でした。コンサートビジネスは、まずお客様にチケットを販売するわけですが、現代では、チケットの収入だけで事業を成り立たせることは大変難しくなっているため、企業や個人の寄付などのスポンサーの方々がとても大きな存在になっています。ですが、スポンサーを獲得することは決して容易なことではありません。
非常に地道な努力を重ねた結果、最近になりやっと成功が見えてきたことがあります。従来は、一つ一つのコンサートに対してサポートをお願いしていましたが、最近は、アーティスト個人に対してサポートをお願いする手法を取り入れました。アーティスト個人の魅力を、長い時間をかけて見守ってもらうことで、理解と共感を持ちながらサポートするスタイルをご提案をさせていただいてます。個人をプッシュしていくことはものすごく時間と労力のかかる大変な作業ですが、成果にたどりつくことで、喜びを得ることができます。
クラシックの業界は、華やかな世界に思われがちですが、実は地道で昭和的な営業スタイルがまだまだ残っています。働き方に対する価値観が変わってきている現代ですが、私は綺麗に仕事をしようとしても上手くいくことはあまりないと思っています。泥臭く考え抜いて行動することで、成果や成功に結びつくと私は考えています。
【未来】音楽の力で世界平和に貢献する
— 今後の音楽業界に期待していることは何ですか。
現代社会では、価値観の多様化が進んでいます。その中で大切にしたい視点は、「他者とどう共生していくか」です。他者を理解し、共感や共振を持つことが重要なキーワードとなります。音楽は、言葉や宗教、住んでいる場所、年齢が違っても、人々に共通の感動を与える力があります。私たちは、これからも“音楽は人類にとって最強のコミュニケーションツール”であると信じています。
当社は音楽の力を活用して、世界の平和に貢献する役割を果たしていきたいと考えています。企業理念に『人のいるところには夢がいる。』という言葉を掲げていますが、この言葉は、「必要だ(要る)」という意味と「存在している(居る)」という二つの意味があります。音楽を通じて人々に感動を与え、世界中の人々が共感し、共鳴する体験を提供することが、より良い世界を創造することにつながります。単に事業として利益を上げる以上に、音楽が持つ力を最大限に活用し、世界の平和に繋がる尊い仕事であると誇りに思っています。
— 新しい事業アイデアはどう生まれているのですか?
クラシック音楽は、書籍で言えば、ベストセラーではなく、ロングセラーにあたります。そんな業界でも新規事業開拓の努力は求められます。アイデアは頭ではなく現場に転がっているものです。営業部隊が実際に全国を回り集めた、主催者やお客様、現場で働く社員一人ひとりの声を新規事業のヒントにしたり、PDCAサイクルを回して、気づきを新たなプランに加えていく作業が必要です。
また、「情報をどのように活用して価値を生み出すか」という視点も重視しています。近年は、アーティストの傍にいるマネージャーよりも、応援してくださってるファンの方がアーティストの情報をもっているほど、情報が溢れています。すぐに手に入る情報をどう価値に変換するか、アーティストと共に戦略を練り、次なる魅力的なプロジェクトを考案しています。
【SDGs】音楽業界に求められる3つ目の価値
— 音楽業界×SDGsについて何か考えていることはありますか。
私は、クラシック音楽とSDGsはかなり親和性が高いと考えています。その理由は、クラシック音楽は、かなりの歴史があり、その間にトップアーティストの方々が最高の演奏を追求するために音楽を進化させ続けてきたからです。つまり、『持続可能で発展的なコンテンツ』というのが、クラシック音楽そのものなのです。
我々は、クラシック音楽を通じて、世の中に3つの価値を提供できると考えています。これまでクラシック音楽には、「経済的な価値」と「芸術的な価値」がありました。これからの時代には、3つ目の価値として「社会的な価値」が求められると考えています。
日本は少子化問題、街づくりの課題、国際交流のテーマなど、様々な社会課題を抱えています。我々音楽に携わる者たちに、これらの社会課題を解決することはできませんが、「音楽を通じてこれらの課題解決に貢献する」ことは可能です。クラシック音楽に少子化問題は解決できませんが、コンサートの開催方法を工夫することで、子育て世代の方たちが安らげるような時間を提供することはできます。こうした地道な考えと取り組みが、大きなゴールを達成することに役立っていくのではないか、ということです。
世の中に価値を届けることは、音楽業界の力だけでは実現することはできません。様々な業界の技術や人々と協力しながら、全方位的に社会課題に取り組むことが求められる時代になっています。
【若者へ】キャリアは振り返ったときにできるもの
― 若い世代の方々へメッセージをお願いします。
キャリアアップを目指すことはもちろん素敵なことです。ただ、私はキャリアを向上させる目的や意味を考えることが大切だと考えています。つまり、自分が目指しているゴールが、社会や環境とどう結びついているかをイメージして、それに基づいたキャリアプランを立てることが非常に重要だということです。
自分の中の理想像や夢を描き、その実現に向けて歩み続けることで、振り返るとキャリアという道ができている。これがキャリアの本質だと私は考えています。目の前の昇進や昇給に焦点を当てるのではなく、将来的に「人生を振り返った時に誇りに思えるキャリア」を構築することを意識して、進むべき方向を考えてみてください。
進むべき方向を考える際には、自分の好きなこと以外の領域にも広く興味関心を持つことがとても大切になってきます。新しいアイデアやインスピレーションは、普段関わりを持たない人々や、歴史から得られることが多いです。日本のパスポート保有率が先進国の中で圧倒的に低いということは、日本が抱える課題の一つにもなっています。是非若いうちから、積極的に他国の方々や文化に触れる機会を作り、感性や才能を磨いていってほしいと思います。
二瓶社長へのインタビューを終えて
今回、二瓶社長にインタビューをさせていただいて、地道な努力を重ねることの大切さと、音楽がもつ可能性について伺うことができた。聴く人の耳だけでなく心までを魅了するクラシック音楽。華やかに見える世界だが、その裏側では、二瓶社長をはじめとした運営側とアーティスト達が計り知れない努力と熱意を注いでいることが分かった。
人が人の心を動かすこと、何かを届けることは容易なことではない。相手に想いを届けるために大切なことは、「熱意」だ。たとえ言葉が通じなくても、熱意や情熱をもって本気で伝えようという気持ちや姿勢があれば相手にはきっと届くものがある。コミュニケーションに悩んでいる人は、自分が何を伝えたいのかを明確にし、行動に移すことで、言葉以上の深い関係を築くことができるだろう。
自分が頑張る理由を目の前の目標に設定するのではなく、最終的に何を成し遂げたいのか、社会とどんな関わりをもつ人生を送りたいのかという視点から自分の進むべき方向を定めることが大切である。今いる状況から一歩踏み出し、視野を広げることで、新しい価値観に触れることができる。自らの力で進むべき道を選択していけるよう、幅広い情報を発信していく。
【会社名】
株式会社ジャパン・アーツ
【事業内容】
主催公演事業/公演提供事業/日本人演奏家のマネージメント/録音・録画の原版権・テレビ放映権などの販売
【代表氏名】
二瓶 純一(にへい じゅんいち)
【代表経歴】
1971年生まれ。東京都出身。
アジア芸術文化交流促進連盟(FACP)副会長、一般社団法人日本クラシック音楽事業協会専務理事、公益財団法人ジェスク音楽文化振興会理事、日本パデレフスキ協会プロデューサー
2001年株式会社ジャパン・アーツ入社。世界第一級の芸術団体やソリストの招聘、および数多くの日本人演奏家のマネジメントに携わり、ピアニストの故中村紘子など、内外のアーティストから厚い信頼を得ている。また、文化芸術を通じた社会貢献のあり方を多くの企業に提案。日本におけるクラシック音楽の普及に努めている。2018年より代表取締役社長。
【本社所在地】
〒150-8905
東京都渋谷区渋谷2-1-6 甲鳥ビル